実験。

なんでポートランドに行くの?

 

ここの問い自分の中に落とし込めてないと、もったいない気がします。

 

その問いに対しては、

暮らしの実験、とでも言ってくことにする。

 

暮らし方や生き方は人それぞれ。正解はない。

 

今となりに、電車の中でビールを飲んでる人がいます。そこにとやかく言うことはしないです。このおじさんは、飲みたいから飲んでるだから、飲ませてあげよう。

 

けど、僕はそんな、おっさんには、なりたくたい。ビールを飲むなら、夕日を沈むのを見てから飲んだり、友達と火を囲いながら飲んでたい。それか、グッドミュージックが流れる店で、ゆるり、と飲みたい。そのあとはすぐに歯を磨いて、柔らかいベッドでそのまま寝たい。

 

飲み方もそれぞれある。ってことは、暮らし方もそれぞれある。電車飲みの生き方もその中の1つ。(クサイ近いのはまた別問題)

 

けど、このおっさん。おそらく、おっさんになるまでに電車飲みが当たり前になってしまった。常識になってしまった。なぜなら、他の飲み方を知らない、もしくはしたいけど、それをする術を知らないから。

 

これって暮らし方にも言えることだと思います。

 

満員電車に乗らなきゃ稼げない。

コンビニがなきゃお腹が空く。

遠くに行くのには車が必要。

12時になっても遊ぶところがある。

8時になったらあたりは真っ暗なので、家にいるしかない。

 

都会に育った僕の当たり前は、喜界島の当たり前ではなかったし、陸前高田の当たり前でもなかった。暮らし方って、星の数ほどある。

 

けど、ほとんどの人は暮らし方を知らない、もしくは、暮らし方は知っているが、それをする術を知らない。

 

これってめちゃめちゃもったいないことだなあ、と。少しの勇気と暮らす術を知っていれば、それができる時代に生まれた、のに。

 

以上は、仮説です。多分そう。

 

どこまで、できて、どこまでできないのかをカリフォルニアとポートランドで実験してきます。

 

おそらく、ポートランドがその実験をするのに1番適しているし、1番おもしろそう。

 

まず、ポートランドは小さい。鹿児島市とほぼ同じ大きさで、都市施策で、街を小さく保とうとしてる。そして、自動車交通を抑制し、エコな街づくりを推進し、その代わりに街じゅうがライトレールと呼ばれる新型路面電車で整備されており、交通手段は主に徒歩と自転車。そのおかげで徒歩20分圏内のコミュニティがデザインされており、そのコミュニティの中でレストラン、バー、仕事場など、暮らしに必要なものは全部揃っちゃう。らしい。

 

街じゅうにはパブリックアートがそこらじゅうにあり、ライブもそこらじゅうでやってる。街行く人は、みんな地元の企業のものを身にまとっている。らしい。

 

もし、本当なら、めっちゃいい街。

エコで不便がなくて、コミュニティがあって、つながりが感じられて、地元愛もあって、自然もすぐそばにある。

 

そんな、できた、街はないと思うけど、一応見てくる。